ヒューマンリレー(human relay)第1回

※この記事は2016年 7・8月号の会報誌に掲載されたものを転載しております。

【ヒューマンリレー 第1回 森 繁夫 名古屋観光ホテル 総料理長】

《 「料理人」という仕事、 今思うこと 》

森 繁夫 名古屋観光ホテル総料理長

私はこの10月で、67才になります。
高校3年生の時、家庭の事情もあり進学を諦め「料理人」として身を立てようと先生方にどのようにすれば、料理の道に進められるかを尋ねても進学校のせいか良いアドバイスは得られませんでした。

当時、花嫁修業の料理を教える学校はありましたが、現在のプロ養成のそれはありませんでした。  今でもどのようにして、住所を調べたか思い出せませんが、当時、市内主要4ホテル《都ホテル、国際ホテル、ホテルニューナゴヤ(ウェスティンナゴヤキャッスルホテルの前身)、名古屋観光ホテル》の料理長宛に準備や入社方法を尋ねる手紙を直接出し、それぞれにアドバイスの手紙を頂いた訳ですが、唯一名古屋観光ホテルから届きませんでした。 暫くして、料理をやるなら名古屋観光ホテルという親戚の人の口ききで昭和43年入社に至りました。

当時は今と違って「料理人」の職業は社会的地位も低く時にはやや下げすまされて見られる時代でした。そして晴れて入社するも当時はまだまだ封建的な体質で艱難辛苦様々な事があり二度、挫折しそうになった事もありました。20代に帝国ホテル、50代にフランスでの研修もありましたが、今となっては辛い時の方が懐かしく思いだされます。現在も継続しているからか「料理人」という職業に49年間携わってこられて短い様で長い様で実感が伴いませんが、すばらしい職業だと今言えます。

次に若い人達に自身の経験を通しアドバイスをしたいと思います。 振り返ってみると30才から35才位が分岐点かなと思います。それ迄の結果としての芽がやっと出始めるのがこの頃で、逆にこの時期にようやく気付いてネジを回しても時既に遅し、又実行に移した人に出会った事はありません。私も前段の様に20代の頃自信を無くし軽いノイローゼになり、退職寸前でしたが、先輩のアドバイスもあり冷静に自分と対峙した時にいつも「逃避」なんです。逃避すれば逃避の繰り返しです。ここで耳を傾けて頂きたいのは、数年で結果を求めてはいけないという事です。又、決して出るものではなく、仕事はそんなに甘いものではありません。仮に出ても「砂上の楼閣」の様に脆い事が多々あります。誰かが見ている、見ていないに係わらずコツコツと一つ一つです。3年、5年、10年と階段を一段ずつ上がる度にそれ迄に見えなかった風景が 見えてきます。自身のレベルが、上がった証です。苦しい時、辛い時に周囲から色々とアドバイスを受けますが、最後に目の前のハードルを超えるのは、自身只一人です。孤独ですが、このハードルを一つ越え二つ越えて行く事により序々に内に秘めた自信らしきものが体内に棲み始めます。 こうなればしめたもの、安易に新分野に行くのも挑戦かもしれませんが、その前に自分との戦いが最も大切な挑戦ではないでしょうか。

私は料理人としてクリエーターとして、今もこんな事を心がけています。

1.豊かな感性を持ち続けていたい
毎朝のウォーキング途中の木々の葉の緑、田んぼの水面にゆれ動く朝日の輝き、紫陽花の多様な色の変化、「シチリアーノ」のチェロの調べにささやかな感動を覚えます。 又、絵画、スポーツ、ファッション、映画、スポーツカーのボディーラインなど「美」を意識する事です。

 2.健康な体を維持   プロとして五感を伴う繊細な味付けや、仕事に対する意欲を維持するには必須と思います。   その為には、ある程度の節制は必要。

3.チームワーク   「料理はトータル」という言葉をホテル内で使用しています。    一皿の料理を美味しくお客様に召し上がって頂くには、キッチンスタッフ以外に多くのスタッフが関わっています。ロビースタッフの対応、テーブルクロス、花、カトラリー、グラス、アート、サービススタッフの身だしなみ、笑顔、様々なタイミングなどチームワークが維持されていないと本当に「美味しい料理」とはいえないと思います。

4.出会いに学び、人に学ぶ   「百聞は一見に如ず」多方面の方々との付き合いから学ぶ事や自身が現場に行き、生の情報を得る事。

5.プロの料理人としての意識   誰よりも料理が好き。誰よりもストイックなまでに仕事を探求する。新聞や本を読む、ペンを持って書く事。1.で記した様に展覧会、映画の鑑賞、スポーツの観戦などにも足を運ぶ。   最近では知れば知る程知らない事が増えてくるような気がします。そして3年ほど前のBS放送の中でこんな格好のいいシーンがありました。晩年の名優チャップリンとイギリスの女性のインタビュアーのやりとりです。 「これまで、数多くの作品の中でお気に入りの作品を一つ上げるとしたら何でしょうか」暫く沈黙の後、 チャップリンいわく「Next One」。こう言ってみたいものですね。

これまで料理を通して多くの人に出会い、多くの事を教わり、多くの感動を貰い、さらに「人」に恵まれて今があります。 殊に今年の10月には東海地方本部の選手中心にドイツ開催の第24回世界料理オリンピックに日本代表として、出場します。多くの業者の方々より多額の協賛金、食材、物資面など心よく提供してくださり、そして名古屋調理師学校様においては毎回キッチンをお借りするなどのご協力があって今日に至っています。最後に協会のメンバー、賛助会員の方々、職場の仲間、数多くの出会った人達、そして家族に限りない感謝です。そしてこれからも後に続く人達の為にも暫くは頑張って行こうと思っています。

〔森 繁夫筆頭副会長のプロフィール〕     平成28年7月現在

昭和24年  愛知県名古屋市生まれ  
昭和43年  愛知県立 松蔭高等学校 卒業
   〃      株式会社 名古屋観光ホテル 入社
平成11年  取締役総料理長  
平成25年  常務取締役総料理長

〈主な役職など〉
・全日本司厨士協会 東海地方本部筆頭副会長  
・日本ラ・シェーヌ・デ・ローティスール協会会員 ・フランス料理アカデミー協会日本支部会員  
・日本エスコフィエ協会理事 ・名古屋フランス料理研究会顧問       
・日本フルーツカービング協会顧問 ・中部氷彫会顧問

〈主な表彰歴〉
・昭和63年  中部シェフアカデミー主催「フランスグルメフェアー」グランプリ受賞
・平成13年  全日本司厨士協会制定 名誉司厨士の証
・平成16年  愛知県知事章
・平成20年   調理師関係功労者として厚生労働大臣表彰 
・平成24年  ホテル業務功労者として国土交通大臣表彰

〈その他〉  天皇・皇后両陛下、皇太子殿下・妃殿下、ロイヤルファミリー  
       各国大統領、各界VIP他の料理を担当する。

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